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大勢の人で、歩くのも儘ならない。

沢山の夜店が出ている。

浴衣姿の女性が目立つ。

ちら、と横目で亜里守を見る。

青の浴衣を着て、手には団扇を持っている。

「何食べる?」

見上げてくる瞳。少し潤んでいた。

「何が食べたい?」

うーん、と真剣に考えてる姿はちょっと笑える。

何でもいいよ、と突然笑顔になる。

たこ焼きを二人でつつきながら、夜の歩行者天国を歩く。

何人か、友人と会った。

恋人?とその度に聞かれたが、ああ、とは言えない。

家族みたいなものだよ、と適当に答えた。

亜里守の友達とも会った。

亜里守は何か必死に説明したり、一緒に笑ったり。

でも少し困った顔を見せたりしていた。

飽きさせない素振りだ。

二十三時を回って、家族連れの人達は帰途へ着いたのだろう。

若者だけが、まだ徘徊していた。

「そろそろ疲れた?帰ろうか?」

楽しい時間はすぐに終わる。

今日じゃなくても良い、また今度にしよう。

ずっと一緒に居られるのだから。

好きだと言う気持ちを伝えるのはまた今度にしよう。

だって、あまりに亜里守が楽しそうにしていたから。

このまま言わないで置こうか、でも・・・・・・。

決断力の無さに嫌気が差しながら、家へと向かう。

夜になっても、虫と暑さの煩わしさは消えなかった。
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夏休みに入った。

毎日亜里守は昼まで寝ていて、寝ぼけ眼で「おはよう」と言った。

寝ぼけてる姿。

気持ちは惹かれる一方だった。

バイトに行って、綾乃に愛の言葉を言って、寝て起きて。

刺激が欲しいのか。

恋愛がしたくなったのか。

駆け引きが、気持ちの読み合いがしたいのか。

つまらぬ日常を脱したい。

でも・・・・・・。

恋人の娘に手を出すなんて。

まして、一緒に居られなくなる。

そうまでして?

一緒に居られるだけでは不満?

自問自答の日々。

七月も終わろうとしていた。

そんな折、街で祭りがあるという。

たまたま休みだった。

綾乃は仕事。

亜里守を誘って繰り出そうと思った。

「亜里守、祭りに行かないか?」

亜里守は、気持ちを知らない。

ただの家族だと思っている。思われている。

いや・・・・・・それ以下かもしれない。

居ても、居なくても日常は変わらない。

朝起きて、学校へ行って、遊んで、本を読んで・・・・・・。

自分の存在を、気持ちを伝えたい。

「いいよ、行こ。」

ああ、行こう。そこで、気持ちを伝える。

受け止めて欲しい。

意識して、考えて欲しい。

ずっと一緒に居る事が出来ますように、と。

気持ちの良い朝。

純白のカーテンから優しく差し込む光で目を覚ます。

時間は・・・・・・朝九時か。

ふと顔を上げるとパソコンの前に人影。

目をこすり、眼鏡を掛けて確認する。

パソコンにイヤホンを付け、音楽を聴きながらネットサーフィン。

そうか、今日は土曜日か。

学生は休みだ。

ふと部屋の戸が開く。

「おはよう、起きてた?」

主婦の香りがしない、亜里守の母親。

俺の恋人。

綾乃は仕事の身支度をしながら、横目で聞いて来た。

「今起きたよ。」

私もう出るから、と支度を続けている。

ふと亜里守を見る。

部屋着のまま、畳にペタンと座り込んでまだ眠そうにディスプレイを見つめている。

亜里守は幼稚だ。

アニメやマンガ、ゲームが好きな高校生。

俗に言うオタクだろうか。

でも話が合うから問題無い。

寧ろ、有り難い物だった。

男に興味は無いし、彼氏もいない。

彼女の魅力を誰も知らないし、誰も開拓しない。

それで良かった。

「あれ、いつの間に起きた?」

亜里守は不思議そうに、イヤホンを取りながら聞いてきた。

頭を撫でてやりたい。今すぐ抱きしめてやりたい。

自分の欲求を出してはいけない。

傷つけたくないから。

今を失いたくないから。

亜里守と居ると緊張する。

側に居るだけで、恋愛対象として意識した。

でも、絶対愛してはいけない相手だって事も認識していた。

今の生活を失いたくない、ただそれだけ。



「あ、雨。」

亜里守がポツリと呟いた。

確かに雨音が聞こえる。

アスファルトに打ち付ける音、水溜りを車が跳ねる音。

「なんかさ、鬱だね。」

「え?」

唐突に亜里守から出た言葉は意外だった。

鬱・・・・・・。

「そうか?雨は好きだけどな。」

同じ部屋で、同じ様に横になって、同じ様に読書をしている。

亜里守は無類の読書家だ。

暇さえあればいつでも、本を読んでいる。

そんな横顔や、後ろ姿、集中していて文字以外何も見えてない瞳。

どれも魅力的だ。

ふとこちらに目を向ける。慌てて目を逸らす。

ただの家族。

そう、家族の枠を越えてはいけない。

誰にも気付かれてはいけない気持ち。

ずっと隠し続ける。
アスファルトに照り返した太陽光線。

その熱気に咽そうになりながら、ペダルを踏み込む。

自転車の荷台には大きな茶色の鞄を結び付けてある。

高校生・・・・・・?

そんな風には見えない。

二十歳前後だろうか。

黒いTシャツに黒いズボン。

この暑い日に、真っ黒だ。

彼は何処へ行くのだろう。



遠くから女子高生が怠惰そうに俯いて歩いて来る。

今時珍しい、スカートはキチンと膝まである。

服装だって模範的で違反は一つも無い。

髪の毛も真っ黒で、本当に吸い込まれそうだ。

「亜里守。」

全身真っ黒な服装に身を包んだ男が、その女子高生の名を呼ぶ。

「ん。」

俯いていた顔をすっと上げ、目を細めて相手を確認している。

相当眼が悪いのだろう。

やっとピントが合った所で、名前を呼び返す。

「のぶくんだ。」

顔立ちと服装とは、似つかわしくない名前が出てきた。

少女がおっとりとした口調で呼んだせいかもしれない。

「前見て歩け。事故るぞ。」

馬鹿にしたような言い方。

きっと少女は怒ってるだろう。

「えへへ、大丈夫だよ。頭のてっぺんにも眼、ついてるし。」

・・・・・・天然なのかもしれない。

それよりも女子高生には見えない。感じない。

まだ小学生レベルの思考だ。

「暑いね、のぶくん。暑苦しいよ、服。」

「ほっとけ。これしか服、無かったぞ。」

「洗濯してなかったね、昨日。ごめんなさい。」

少女はあまり反省してる様では無い。

男も別に怒っている様でも無いし、咎め様ともしない。

「亜里守、立ち話も何だ。早く帰ってエアコン全開だな。」

少女は、そうしよう、と張り切って走り始めた。

汗を掻いたせいだろうか。

少女の制服が透けて、キャミソールとブラジャーの紐のラインが浮かんでいた。

男はバツが悪そうに目を逸らして、遠くまで真っ青な空を見上げた。


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