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雨は、憂鬱。
誰が決めたのか、僕は知らない。でも一般的だと思う。今の僕がそうだ。だからきっと正しいのだろう。
しかし何故なのだろうか、普通な気がしてしまうのは。

雨が上がる。雲が消え、空の青が広がる。
しかし、気分は晴れない。

沈む太陽、夕焼け色に染まる町。今日という一日が去っていく。
遠い空。赤い雲。紅い街並み。
それを見ていると焦燥感に駆られる。
ああ、僕は何をしているのか。そう、誰かに問いたい。

そこらに転がる石の方が、存在する上では楽なのではないだろうか。
生きる、という意味さえ感じられない、感じ取れない僕にはそう思えて仕方ない。
そうして僕は、怠惰な日常を明日も過ごすのだ……。

そう思いながらいつもの家路をたどる。実に憂欝な気分だ。
街を紅に染める夕日さえ、僕には無機質に感じられる。繰り返される日々。
変化もなく、単調に、ゆっくりと流れゆく日々。退屈、惰性、無為、どれもくだらない言葉。
だが、どれも今の僕に相応しい言葉。こうして家路についている今も、学校で無気力に授業を受けている時間も何一つ違わない。
なぜならそこに僕がいないから。僕という存在が認められていないから。
家まであと少し、という坂道でふと、誰かの視線を感じた。僕の家は坂を登り切った場所に建っている。
その坂の中腹辺りで立ち止まる。
そして、視線を感じた坂の下の方を見やる。
坂道には夕日を受けた僕の長い影が伸びている。薄く引き伸ばされた影が。
その影の先端に誰か居る。逆光で輪郭だけが浮かび上がっている。ヒトだろうか。
遠すぎて判断しかねる。ただのゴミかもしれない。
そう思うと先程感じた視線などどうでもよくなった。また歩みを進める。
坂を登り切り、自宅に帰り着く。木造二階建、築五年。
僕達家族はこの家に暮らしている。父と母、そして僕の三人家族。
平凡な中流家庭。特に家族間に問題などもない。
父と母は仲睦まじい夫婦として近所でも評判だ。
つまり、何不自由ない生活を送っている。
ただ、夫婦共働きなので僕が帰宅する頃には二人とも家にはまだ帰っていない。
夕食も独りで摂ることが多かった。鍵を開け、誰もいない家に入る。
「ただいま」
誰もいないと分かっていながら帰宅を告げる言葉を口にする。
シンと静まり返った玄関に声がむなしく響く。
そそくさと靴を脱ぎ、自室へ向かう。今日は少し疲れた。夕食まで眠ろう。
自室は二階にある。二階部分はすべて僕の空間だ。一般的な家庭からすればかなり贅沢と言える。
階段を登り、ドアを開けると見慣れた空間があった。
何の変哲もない僕の部屋。鞄を適当に放り投げ、ベッドに倒れこむ。
そして天井を見上げ、こぼす。
「疲れた……」
言い慣れた言葉だ。いつも口にしている。退屈な日常を語るには適した言葉だ。
――ウトウトと微睡みはじめた時、再び視線を感じた。流石に今度は気に掛かる。
何せ自分の部屋だ。ゆっくりと眼を開け、部屋を見回す。
視線が机をなぞった時、もう一つの視線と噛み合った。
机に付属する椅子に誰か座っている。ありえない。僕より先にこの部屋に入っていたとでもいうのか。
それは、ない。僕が部屋に入った時にはまだ誰も居なかった。
では、微睡んでいた時に入ったのか。次々浮かぶ疑問は椅子に座る人物を確認した瞬間に消え去った。
――僕だ。椅子に座り、僕を見ているのは僕だった。何が何だか分からない。
言葉が出ない。二人の僕が見つめあったまま沈黙が続いた。
長い、果てしなく長い沈黙。時が止まったかに思えた頃、もう一人の僕が静寂を破った。
「やぁ」
それは静寂を破るにはあまりにも小さく、か細い声だった。
「……や、やぁ」
僕は勇気を振り絞って答えた。
もっとも僕にそんなものがあるかどうか不明だが。
すると、再び長い長い沈黙が訪れた。
ベッドに腰掛けもう一人の僕を見つめる僕。
椅子に座り、僕を見つめるもう一人の僕。
「……君は、誰?」
僕が恐る恐る尋ねる。
「君、さ」
もう一人の僕が答えた。夕日が窓から差し込みもう一人の僕を照らす。そこにいるのはやはり僕だった。
「じゃあ、君は誰だい?」
今度はもう一人の僕が尋ねる。
「…………え?」
僕は答えに窮した。何と答えればいいか思いつかない。
自分自身に自分は何者かを問われたのは初めての経験だったから。
「どうしたの?」
もう一人の僕が不思議そうに問う。
「君は、誰だい?」
同じ問い。
「……僕は……」
駄目だ。何を口にすればいいか分からない。僕は……誰なんだろう?
名前は岡島 直(おかじま ただし)それが僕の名前。ヒトは僕をそう呼ぶ。
それが僕を表す言葉だから。それが僕を指す記号だから。
「……僕は……直、岡島直」
仕方ないのでそう答えた。
「ふーん……」
意味ありげに僕を見つめる。自分に見つめられるなんて不思議な気分だ。
居心地が悪い。もう一人の僕は何処か僕とは違う気がする。
そう、ヒトではないみたいだ。
「それって、君の名前?」
もう一人の僕がまた尋ねる。
「うん。そうだよ」
「ふーん……」
何を考えているのかまったく分からない。僕の名前を聞いてどうしようというのか。
「それって、なに?」
何?僕の名前について聞いてるのだろうか?
「…………」
また答えに窮する。というか答えようがない。
「分からないの?」
またもう一人の僕が不思議そうに問う。
「…………」
無言で僕は頷いた。嫌な気分だ。だんだん気味が悪くなってきた。
夕焼けに照らされたもう一人の僕が不気味に見える。そう、生きていないただのモノのように。
「ふーん……。じゃ、それって生き物?」
生き物? 名前が? そうなんだろうか? 分からない。
「………分からないよ。……ねぇ、何が言いたいの?」
思い切って尋ねてみる。
「……それって人間なの?」
僕の言葉が聞こえていないかのように、また尋ねる。
「名前は……名前だよ。人間じゃない……」
そうだ。名前なんてただの言葉に過ぎない。ただの記号に……。
「じゃ、君は人間なの?」
……。
………。
…………。
人間? 当たり前だ。なのに言葉が出ない。なぜだろう? 僕は………人間だ。そう言えばいい。簡単なことだ。何を躊躇っているのだろう? ほら、言え。口を開け。
「僕は……人間だよ」
やっと絞りだした声。擦(かす)れていた。震えていた。自信がなかった……。なぜだろう。分からない。
その答えを聞いたもう一人の僕が気味の悪い笑みを浮かべた。例えるなら、そう、操り人形のような不気味な笑顔。人間的な感情表現ではない。無機質な、機械的な笑顔。口元が、異様なくらい吊り上がっている。口が裂けたように。
背筋に悪寒が奔る。
「どうしたの? 声が震えてるよ。自信がないの? ふふっ……はははっ」
突然の笑い声。何が可笑しいのだろう? いや、それよりもなんと不快な笑い声なのだろう。そう、僕の存在を否定するかのような笑い声だ。
「はははっ……君は自分が人間かどうか自信がないんだ? じゃ、生きてるかどうかなんて分かりっこないよね? ふふっ……ははっ」
止めろ。それ以上言うな。聞きたくない。止めろ。やめろ。ヤメロ………。
「やめろっ!!」
あまりの不快さに思わず叫び声を上げた。
「ちょ……どうしたの?」
と同時に誰かが部屋に入ってきた。自然とそちらに視線が移る。
「大丈夫? 何があったの?」
僕はそのヒトの顔をよく知っていた。だが、ハッとして机に視線を戻す。誰もいなかった。不自然に椅子だけがこちらを向いている。
「ねぇ! どうしたの? 何かあったの? 直!」
「………あ、あぁ、大丈夫……なんでも、ないよ。なんでも……」
言えるわけがなかった。自分と、もう一人の僕と会話をしていたなんて……。
入ってきた学生服の女の子は近所に住む幼なじみの香川絵里(かがわえり)。
幼なじみ、というだけあって小さい頃からいつも、何をするときも一緒だった。今だってそれは変わらない。うちの親が遅く帰ってくる日には夕食を持ってきてくれたりもする。今日もおそらくそうだろう。
「ふーん……それならいいんだけど。あ、晩ご飯持ってきたんだ。一緒に食べない?」
屈託のない笑顔だ。気持ちが落ち着く。
「あ、うん。じゃ、下で待ってて。すぐ行くから」
とりあえず、絵里を先に行かせた。そして、溜め息を一つ。不快な気分を吐き出す。
「……ふぅ。気にしてもしょうがないよな」
自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がったその時――
「ははっ……」
笑い声が聞こえた。あの笑い声だ。思わず振り返り机を見やる。
………誰も、いない。
恐怖に駆られた僕は足早に部屋をあとにした。

静かな食卓。いつも通りだ。ただし静かなのは僕だけであって、絵里は楽しそうに喋りかけている。もちろんその相手は僕である。
「それでね、葉崎君がね――」
話の内容は主に学校での出来事など些細なことばかり。どれも僕の興味を惹くものではなかった。
「ねぇ、聞いてる?」
「あぁ、うん」
素っ気ない返事だ。自分でもそう思う。でも、それを悪いこととも思わない。こうなってしまったのはいつの頃からだろう。こんな冷めた言葉を口にするようになったのは……。
それから絵里は何時ものように夕食の後片付けをして帰っていった。僕は再び自分の部屋に戻り一人の時間を過ごす。いつもなら何を考えるわけでもなくただ無為に過ごすのだが、今日はあんなことがあったので珍しく物思いに耽る。
あれはなんだったのか……。あれはやっぱり僕なのか……。あれは何が言いたかったのか……。
そう考えているうちにだんだん自分が馬鹿らしくなってきた。そんな問いに答えがあるはずなどない。そう思ってしまえば楽になれた。あんな問い、考えるのも面倒臭い。それに、眠い。今日はもう寝ることにしよう。

「ははっ……」
まただ。またあの笑い声だ。耳にまとわりつくような不快感。僕はその不快感から逃れるように耳を押さえ、ベッドに潜り込んだ。

ココはどこだろう? 肌寒い。あれ? ココって僕がいつも通学する時に乗ってる電車みたいだ。でも、僕以外に誰も乗ってない。それに変だな。
こんなに夕日が射してるのになんで寒いんだろう。
………あぁ、そうか。これ、夢なんだ。そうだ、夢なんだよ。でも、珍しいな。夢だって気が付くなんて。
「そんなことないさ」
僕は一瞬耳を疑った。でもそれは一瞬だった。これは夢なんだ。別に驚くことなんてない。たとえその言葉を発したのがもう一人の僕だとしても。
「どうしてそんなことが言えるんだよ?」
落ち着いて僕は聞き返した。
「君はいつもここで遊んでたじゃない。覚えてないのかい?」
僕がいつもここで遊んでた? こんな、何もないただの電車の中で?
「そうさ。こんな何もない君一人の世界で君は遊んでたんだ。いつも、毎日」
いったい何をして遊んでたって言うんだろう? それにこいつ僕の考えてることが分かるみたいに……。
「そりゃ、そうさ。だって僕は君なんだよ。自分の考えてることくらい分かるさ」
じゃ、なんで僕にはあいつの考えてることが分からないんだろう?
「そんなの簡単な理由さ。君が心を閉ざしてるからさ。自分自身にね」
僕が心を閉ざしてる? 自分自身に?
「そうさ。ここは君の夢の中で、君の世界なんだ。君の心って言ってもいいかな」
この何もない、僕一人の空間が僕の心? あぁ、そうだろう。僕は他人に心を開いたことなんてないし、これからもそうするつもりはない。いいんだ、それで。ヒトなんて所詮分かりあえないものだから。僕は一人で生きていくんだ。
「ははっ……こりゃ、いいや。自分自身にも心を閉ざしたまま君は生きていこうっていうのかい?」
「あぁ、それの何がいけないんだよ」
「いーや。いけないなんて言ってないさ。ただ可笑しくてね」
そう言うともう一人の僕は気味の悪い笑い声をあげた。そう、あの不快な笑い声を。
「うるさい! やめろ!」
ここは僕の世界なんだ。ならすべてが僕の思い通りになるはず。お前なんか消えてしまえ。いらない。必要ないんだ。
「いいのかい? さっきも言ったけど僕は君なんだよ。自分に消えてなくなれっていうの?」
「そうだ。お前は僕なんかじゃない。僕は僕一人だ。お前なんか偽物なんだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
「……一応言っておくけど、この世界で起きてることが現実と無関係だなんて思わないでよ。もしここで君が死ねば現実でも君は死ぬんだ」
「そんなはずあるか! ここは夢なんだ!」
「はぁ……確かにそうさ。じゃ、こんな話を知ってる? 深い催眠状態に陥ってるヒトに『これは焼きごてですよ』って言って普通の箸を腕に押し当てたら本当の焼きごてを押し当てたみたいに水脹れができる、って話。分かるかな? 人間の精神って思いの外そのヒトの肉体に及ぼす影響が大きいんだ。ましてここは君の心なんだよ。催眠状態とはわけが違う。わかるでしょ? ここで君が死ねば、つまり消えたらどうなるかってこと」
僕は言葉に詰まってしまった。
もう一人の僕が言ってることは本当のことなんだと肌で感じたからだ。頭で理解したんじゃない、体が知っているみたいに。
「で、でもお前は僕じゃない。だったら消えてしまっても関係ないはずだ」
「じゃ、何か証拠はある? 僕と君は違うんだ、っていう証拠」
「それは………」
なんだろう? 僕が僕であることを証明するモノ。そんなモノあったかな?
「ないの? じゃ、やっぱり僕は君じゃないか。同じ身長、同じ体重、同じ髪型、同じ声、全部同じさ。何一つ違わない。これでも僕は君じゃないって言い切れるのかい?」
「違う、お前なんか。僕じゃない……」
「じゃ、消してみるかい? そしたらわかるでしょ? 僕と君が違う人間なら僕が消えてしまっても君には関係ないはずさ」
……。
………。
…………。
駄目だ。僕には分からないよ。僕が僕である証拠ってなんだ? 分かんないよ。
「直!」
なんだ? 今誰か僕を呼んだのか?
「ねぇ、直! しっかりしてよ!」
この声、聞き覚えがある。よく聞く、馴れ親しんだ声だ。あぁ、そうだ。絵里の声だ。僕を呼んでる。あの声は僕を呼んでるんだ。他の誰でもない、僕を。
でも、あの呼び掛けに僕は応えたことがあったっけ? ………あった。あったじゃないか。昔絵里が転んで怪我した時、僕は必死で家まで走ったじゃないか。自分じゃどうしようもなくて親に知らせようと走ったじゃないか。他の誰でもない、絵里のために。
そうか。これって僕が僕である証拠なんじゃないかな? 僕が僕である証拠って、僕が誰かに必要とされてるってことなんじゃないかな? でもそのためには僕も心を開かなくちゃならないよね。あの時だってそうだった。心を開いてないヒトになんて誰も声を掛けてくれない。
もちろん、自分自身にも。そっか。そういうことなんだ。僕って一人じゃないんだ。今まで心を閉ざしてた僕が自分と石ころの差が分からなかったのも無理ないな。だって、心を開いてない人間なんて本当に石ころと変わりないじゃないか。
そう考えたら今まで絵里には悪いことしてきたな……。ずっと、ずっと呼び掛けてくれてたんだ。諦めずに。これからはできるだけその呼び掛けに応えていこう。それが、僕が僕である証拠になるんだ。
そして僕はふと顔をあげた。夕暮れの電車の中にもう一人の僕はもういなかった。
誰もいない、静かな車両。でも、そこはもう寒くなかった。照りつける夕日は暖かく僕を包み込んでくれる。僕にはこれがヒトの心の温もりのような気がした。足元に伸びる影も僕の一部に思えた。

「直! ほら、起きて。遅刻するよ!」
朝だ。いつもどおりの朝だ。絵里が僕を迎えにきてくれている。両親はもう仕事に出掛けているのでこうなる。
「あぁ、わかった。わかったからあと五分」
「何言ってんの! 起ーきーろー」
それからシャワーを浴びて服を着替え、二人で登校。
その途中で
「ね、ちょっと寄り道しない?」
「はぁ? 遅刻するって言ったの誰だよ?」
「いいから、いいから。いつもの丘に行こうよ」
いつもの丘って言うのは僕達が小さな頃からよく遊んだ丘だ。特に見晴らしがいいわけでもなく、目印に木が立っているわけでもなかった。でも、そこから見える空はいつ見てもすごく綺麗だった。
どうやらさっきまで雨が降っていたらしい。丘の地面は濡れていた。すると――
「あ! 虹!」
絵里が虹を見付け嬉しそうに眺めている。屈託のない笑顔だ。本当に。
「ねぇ、虹の向こうってどうなってるのかな? 直には見える?」
そう言った絵里の横顔は風に吹かれて涼しげで、僕もしばらく空を見上げていた。
そこへ一羽の小鳥が舞い上がった。
どこから飛び出してきたのだろう。自由を求めて小さな柵を抜け出してきたのだろうか。そうだ。僕にも足枷は、もう要らない。
人を避ける事も、人から避けられるのを怖がる事も、もう僕には必要無い。
そう決意した僕には、虹は空への道標に見えた。
この度は「新緑のかをり」をご覧頂いて誠に有難う御座います。

この作品は、作者・秋月の私生活と理想と現実、思う所。

全てが融合して出来ております。



話の進みとしましては、

1>2>3>4>5>6>7>8>エピソード0

の順に進んでおります。

当初、エピソード0が始まりでしたが外伝に改め、

日常をより一層描く為に、「理想」という形でエピソード0という形にしました。

理想から書いてしまうと、ネタに詰まります(笑)

これは大きな反省点となりました。

可愛い仕草の亜里守をもっと的確に描写出来ればと、後悔・反省もあります。

本当に、こんな作品をご覧下さって有難う御座いました。



                  2004.7.11 秋月









P.S.エピソード0は一体どういう話なの?いつの話なの?と疑問だらけの方も多いかと。
    あれは作者の理想のお話。本編とは無関係ですね(おいおい
    本当はエピソード0から話を繋げるつもりだったのですが・・・。
    同じ大学に入って、相思相愛となれたらな、というお話です。
憂鬱だった雨の季節は終わった。

蒸し暑いのはこの国の特徴。

でも、緑と木漏れ日は何より御馳走。

青空を見上げて、そして呟いた。

「なにやってんだろ。」

遠くから声が聞こえる。

誰か探しているのか。

「あ、ここにしよーっと。」

膝まである紺色のスカートは今時珍しい。

真っ黒な長めの髪の毛が揺れている。

息を切らして座り込む。

ああ、誰かを探しに来た訳じゃ無いらしい。

お弁当を膝の上に広げて、モグモグ食べだした。

ずっと我慢していたのか、空腹なのだろう。

「一緒に食べよ?」

突然、短い黒髪がわさっと揺れ、黒くて大きな二つの眼。

それがこちらへと向けられる。

「いや、いい。」

冷たく投げ捨てた言葉に、肩を震わせていた。

彼女はきっと、俺が好きなんだろうな。

素直になれない自分を憎らしく思い、

彼女を不憫に思い、

くしゃ、っと亜里守の髪を撫でた。


「そりゃ勿論、好きさ。」


目が覚めた。

携帯で時間を確認する。

朝四時。まだ起きるには早過ぎる。

腕枕で熟睡してる綾乃の寝顔を見る。

そっと髪を撫でてやる。

ん、と寝返りを打つ。

もうこの家には綾乃と二人だけだ。

一気に寂しくなった日の事は忘れない。

そして自分で日常を選んだ事も。

後悔はしていない。

ただ、ただ、亜里守の邪魔をしたく無かった。

夏前には帰るよ、と残して出て行った。

綾乃も酷く心配していた。

世間の右も左も分からない亜里守を一人暮らしさせる。

それがどれ程心配で無謀か。

毎日メールはして来たし、友達も出来た様だ。

勉強は大変、と追記してあったりもした。

桜も散って、段々と昼間は暑くなって来た。

ざわっと風が吹いた。新緑がそよいだ。

見上げた青空。

眩しい青空。

ああ、またこの季節がやって来たんだな。


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