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亜里守と居ると緊張する。

側に居るだけで、恋愛対象として意識した。

でも、絶対愛してはいけない相手だって事も認識していた。

今の生活を失いたくない、ただそれだけ。



「あ、雨。」

亜里守がポツリと呟いた。

確かに雨音が聞こえる。

アスファルトに打ち付ける音、水溜りを車が跳ねる音。

「なんかさ、鬱だね。」

「え?」

唐突に亜里守から出た言葉は意外だった。

鬱・・・・・・。

「そうか?雨は好きだけどな。」

同じ部屋で、同じ様に横になって、同じ様に読書をしている。

亜里守は無類の読書家だ。

暇さえあればいつでも、本を読んでいる。

そんな横顔や、後ろ姿、集中していて文字以外何も見えてない瞳。

どれも魅力的だ。

ふとこちらに目を向ける。慌てて目を逸らす。

ただの家族。

そう、家族の枠を越えてはいけない。

誰にも気付かれてはいけない気持ち。

ずっと隠し続ける。
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アスファルトに照り返した太陽光線。

その熱気に咽そうになりながら、ペダルを踏み込む。

自転車の荷台には大きな茶色の鞄を結び付けてある。

高校生・・・・・・?

そんな風には見えない。

二十歳前後だろうか。

黒いTシャツに黒いズボン。

この暑い日に、真っ黒だ。

彼は何処へ行くのだろう。



遠くから女子高生が怠惰そうに俯いて歩いて来る。

今時珍しい、スカートはキチンと膝まである。

服装だって模範的で違反は一つも無い。

髪の毛も真っ黒で、本当に吸い込まれそうだ。

「亜里守。」

全身真っ黒な服装に身を包んだ男が、その女子高生の名を呼ぶ。

「ん。」

俯いていた顔をすっと上げ、目を細めて相手を確認している。

相当眼が悪いのだろう。

やっとピントが合った所で、名前を呼び返す。

「のぶくんだ。」

顔立ちと服装とは、似つかわしくない名前が出てきた。

少女がおっとりとした口調で呼んだせいかもしれない。

「前見て歩け。事故るぞ。」

馬鹿にしたような言い方。

きっと少女は怒ってるだろう。

「えへへ、大丈夫だよ。頭のてっぺんにも眼、ついてるし。」

・・・・・・天然なのかもしれない。

それよりも女子高生には見えない。感じない。

まだ小学生レベルの思考だ。

「暑いね、のぶくん。暑苦しいよ、服。」

「ほっとけ。これしか服、無かったぞ。」

「洗濯してなかったね、昨日。ごめんなさい。」

少女はあまり反省してる様では無い。

男も別に怒っている様でも無いし、咎め様ともしない。

「亜里守、立ち話も何だ。早く帰ってエアコン全開だな。」

少女は、そうしよう、と張り切って走り始めた。

汗を掻いたせいだろうか。

少女の制服が透けて、キャミソールとブラジャーの紐のラインが浮かんでいた。

男はバツが悪そうに目を逸らして、遠くまで真っ青な空を見上げた。


この繰り返す日々はどこへ行くの? 私はこのまま……。

桜が咲いてる。ここから眺める桜はいつも同じ。いつも綺麗。いつもヒトから愛されてる。

あぁ、あの桜の下で眠りたい。

咲き乱れ、散っていく、桜。また来年には綺麗な花を咲かせる桜。

私は?

微かに感じるこの温もり。この温もりをいつまで感じていられる?

忘れないで。

恐い。恐いよ。誰もいない世界が。誰も私のことを覚えていない世界が。

お願い。

手を握っていて。消えそうな私を繋ぎ止めて。

明日も来てくれるよね?

一人はイヤ。
一人はイヤなの。

闇が恐い。
後ろから近づいてくる闇が恐いの。

ねぇ、明日も来てくれるよね?

この手を握ってくれるヒトが。いつも変わらぬ桜が。私を繋ぎ止めるすべて。

もう何もない私の世界。
もう何もない私の世界。

あぁ……あの桜の下で静かに眠りたい。


この繰り返す痛みはドコから来るのか。俺はこのまま……。

今年も桜が咲いた。美しく咲き乱れる桜。変わらぬ自分。憎しみに似た羨望。

あの桜……来年も咲くんだろうな。

変わりなく咲き、散っていく、生命の輪。緩やかに、だが確実に流れる、時。

俺は? なぜここにいる?

握り締めるこの手にどれほどの意味があるのか。

微かに感じるこの温もり。微かだが、確実に感じるこの温もり。

恐い。どうしようもなく、恐い。君を忘れてしまうことが。君のいなくなってしまった世界が。

ごめん。

たとえ苦しみしか感じなくとも。君に生きていて欲しいと願う俺を、許してくれ。

明日も来ていいかな?

生きていてくれ。
君の手を握っていたいんだ。

朝が恐い。
一人で迎える朝が恐いんだ。

なぁ、明日も来ていいかな?

この握り締める手が。この温もりを感じることだけが、今の俺に出来ること。

もう何も出来ない自分。

もう何も出来ない自分。

あぁ、またあの桜が咲いてる……。


希望。

それは最後の望み。
叶えたいモノ。
行き着くべき場所。

それは悦ぶべきコト。
楽しむべき瞬間。


すべてのヒトへ


この悦びを伝えよう。


それは終末の感覚。
終わりへの憧憬。
運命への反抗。


自分が広がっていく感覚。
溢れ出る生命。
湧き起こる悦びの感情。


死。


甘美なる終焉。
その瞬間を待ちわびる自分。


死。


その悦びをすべてのヒトへ。


そして僕も……



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